風間 明 のひとりごと
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ホームページをはじめて、早いものでもう7年が経ちました。インターネットの大海に流した
私の小瓶、ささやかな詩と絵の数々、あなたのもとに届いたでしょうか・・・。お返事は、メールやゲストブックの方に
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2007年 1月号
2002年、後期作品集の連載中です。本年度もご愛顧の程よろしくお願いします。前年度までのひとりごとのページは、infoseekのページやバックナンバーにあります。
今月は、かなりまとまった詩篇になりましたが制作順に公開しています。戦後といえば「荒地」以来の戦後世代を思い浮かべますが、団塊の世代を過ぎアメリカの反テロ政策後の現代までという意味合いでしょうか。すっかりアメリカナイズされてしまったこの国は何処へ向かうのでしょう・・・。
詩篇「奇妙な夢」は、私にとっては印象深い夢の記録です。予知夢のようなもので父の死後、その意味がはっきりと読み取れたことを覚えています。
「くらげ」は、詩集「シンドロームの街から」の中にある「真空管」の詩のイメージの先取りです。
2月号
今月の詩は、ちょうど父の葬儀までの詩篇です。緊張した日々の連続であったことを覚えていますが、実感が良く出ています。
私は、子どもの時はともかくも 年を経て、家族や親戚の中にいても馴れ馴れしい関係は好みませんでした・・・
団塊の時代のひとつの精神を反映したような人も羨むような、恵まれた家庭生活を送っている詩人や芸術家もいらっしゃることでしょうが、
そんな中で殊更、詩やアートをする意義があるのだろうかと厳しく考えてしまうことがあります。地位や名声に甘んじてはならないと自戒の念を含めて思うのです。
3月号
秋が深まり、愁想も深まる葬儀の余韻のある詩篇です。人生も後半となると人の出会いや別れについて振り返ることも多くなりますが、
身近な肉親でなくとも、ふっと消えるようにいってしまった人人が多いことに気づかされます。ささいなきっかけで人の道も様々に分かれて行くものですね。
ひとつしかない自分の生活を充実させたいものですが、刹那主義であってはならないと思います。
4月号
今月は 日常のスケッチ風の詩篇があり、想像と織り成されていく世界でしょうか・・室内から空へ海の中へ、宇宙へといった雰囲気です。
「幸福の詩」不幸の手紙がヒントです。「近郊」有名詩人の句碑を見たとおりに引用しました。もちろん最後の句は私の作。
「運命」人を食ったような詩ですが、特定人物の感想ではありません。「目薬」現実にそういう少女を見かけました。
5月号
今月は連休を控えて、少し早めに更新してみました。今はもう新緑の季節ですが、連載は '02 後期の後半の作品で冬の訪れを待つ少しわびしい風景です。
父の歩いた近所の公園を歩いてみたり、子供の頃のさがみ野の風景を回想したり、時事問題に触れたり都会暮らしの断片が現れたりですが・・・
少し次元の異なった詩篇が突如出現? するのが私の特徴でしょうか。
6月号
副題を「雪の国から」にしようか「雪の光に」しようかと迷ったところです。雪国といえば私の両親のふるさとであり、幼少期の里山の場所そのものですが日本的な
空気感と季節感は私の文学の土台をなしているものです。川端氏や三島氏が海外で評価されたのも、作家の小説の意図とは違うところで鑑賞された結果だと考えるのですが
現代作家にありがちな、抽象的な世界文学などは妄想していないのは私の文学における立場のひとつです。どの国の作家も地に足をつけて創作しているものですから・・・。
時代を振り返って、この国の政治や将来とは別に、私は四季派の詩人たち以上に、日本を意識した芸術をしたいと考えている方なのだと思います。
7月号
今月の「新春・・・網の目」の詩篇から '03 前期集からの連載になります。発表した詩集「シンドロームの街から」の詩篇と重なりますが
こちらは編集前の原詩で制作順になっています。ページ数の関係から自選外になった詩や詩の一部もそのまま掲載していきます。
網の目や港のイメージは、新春に出かけた遠州方面の小旅行が土台になったものです。東海の海は、私にとっての豊穣の海となったのでしょうか・・・。
8月号
標題は私のお気に入りの詩「真空管」です。詩集で読むと街のイメージですが、前後の詩篇から再読すると頭骸や身体のイメージとの関連も強いですね。
私は幼少のときは覚えていませんが、健康に恵まれていて重い病気をしたことがありません。風邪で高熱を出したときの詩篇が挟まれています。夢の中で振り返るようにして、大陸への人々の移動、宇宙に浮かぶ地球のイメージへと拡大されています。
最初の「雪国」「ゆきんこ」は、script poem のために書いた、もと詩ともいうべきものでした・・・。
9月号
標題の「夜祭」は、さて夏でしょうか秋でしょうか、絢爛たる冬の星座が現れていたり奇妙ですが、挿話のような詩篇も味わいがあります。
誰もいない建物の階段であったり、水平線を見たかと思うと何処かの河原に戻ってきます・・・。私の友は「チャウチャウ」が詩集の中で、最も良かったと知人の意見と一致して評してくれていましたが
皆様はいかがでしたか?
10月号
いよいよ、シンドロームの連作が登場しています。私にとっての「シンドローム」は、街のイメージのひとつですが、病室から見る風景や夢の世界ではなく物に満ちあふれている存在の世界の印象のようです・・
ひたすら夢を求め続ける団塊の人人でもなく、既成価値を善しとしている生活者の視点でも、芸術の消費者の立場でもないことは確かです。
「タマちゃんからの手紙」「玉手箱」は、詩集「シンドロームの街から」の編集の際に内容の連関から割愛を勧められましたが、筆者の希望で残した詩篇です。若い読者から印象的でしたと感想を得たときは、残しがいがあって幸いに思いました。
11月号
標題は、今月の詩篇。季節はこれから冬ですが、連載は初春の頃の作品です。ほっとするような詩も出ていますが、ほとんどが日常の断片のようなものでしょうか。「渦」はシンドロームを意識した続編です。
12月号
珍しく前半は絵の詩が並んでいます。ひとりごとのバックナンバーにもあるとおりに府中のドイツ表現派美術展に出かけたときのスケッチでした。
後半は、山の暮らしのような詩になり、春を待ちわびるような雰囲気も出てきました。
2008年 1月号
2003年、前期作品集の連載中です。本年度もご愛顧の程よろしくお願いします。前年度までのひとりごとのページは、infoseekのページやバックナンバーにあります。
詩集「シンドロームの街から」の詩と重なっていますが、こちらは制作順に原詩を公開していますので前後の未発表の詩との関連も分かります。
今月号は、桜の咲く早春の季節ですが郊外の野の風景から、工業地帯の町を通って再びなじみの街並みや野に帰ってきたという風情です。
詩にも癒しや慰めを求める方々も多いと思いますが、日常性に無批判に埋没することは文学や芸術にとって望ましい方向ではないと考えます。
2月号
今月は珍しい表題ですが、私にとっては作品を読むとわかる現実の題材が多くなっています。詩集に掲載しないものの方が多いのですがおもしろい味のあるものがあります・・
創作態度として、何でも書いてやろうという時期もありましたが、私は敢えて日常性の中から創作しようという立場のものでもありません。幼少の頃からの家庭生活の影響か、
私自身は、酒もタバコも嗜みたいとは思いませんが、こういう人となら酌み交わしてみたいと思えるような願望詩??もみえます。
3月号
地球規模の気候変動の影響か寒暖の差が大きく、今年の春はまだ先のようですが、詩篇は丁度春先の季節です。もう少しすると菜の花も咲きそうですが、
あの菜園の詩人はお元気でしょうか・・・。街の中を歩いていても、時間や時代をさかのぼり、疎遠になった方々や、消息のつかめぬ人人のことを想う風情です。
4月号
詩篇の季節は、少しずつ移っています。表題の「記念日」といっても、人それぞれですが、長い人生の時間に比べれば印象的な日や時間は実に短い期間に限られるようです。
それは日常の中の別の時間感覚であったり、繰り返し個人の中で反復される記憶の概念であったりするのでしょう・・このことが日常の中の非日常を表そうとする詩人の努力、詩想の一部でもあります。
5月号
表題の「鼻の日」は、たしかカレンダーに書いてあった日だった思います・・詩篇もいよいよ詩集の後半に入っていますが、日常と宇宙電線の連作が両方入っています。「シンドロームの街から」には
載せていないものでも、自選してあった「晩」、「ペット」など面白い味わいの詩があります。「クローン牛」は、さながら我輩は牛であるの雰囲気ですね。
6月号
雨は日本の気候を特徴つける天気で嫌いではありませんが、最近の激しい天気の転変は確かに異常です。例によって言葉の音と連想によって進んでいる詩も多いですが今月の詩篇も都市生活者の視点です・・・「墓場にて」は、前にも触れたことのある、身近なところに再発見した田中冬二氏の墓地の感想でした。
さて、地方にいる私の友人のために設置した携帯音楽のページですが、某大手通信会社の特殊な音楽ファィルに悩まされたことがあります。最近機種の変更でmidiファイルも送付可能と分かったのですが、これを機に未発表分も追加しました。これで私のホームページから芸術の三領域を公開する幸いを得ました。
もちろん、音楽のご利用も著作権にご留意ください。
7月号
標題は今月の詩篇そのままでしたが、都会人として、生き、死を迎えるために・・という意味合いでしょうか。
03年前期作品集の掲載も残り少なくなりましたが、詩集「シンドロームの街から」の巻頭詩を含めて 自選した数編がここに登場しています。ルオー展を見るために久しぶりに都心を歩いてきたときの作品でした。中の詩を探すと汐留めはどの地下鉄出口が至近かもわかります・・・。
8月号
今月の詩の途中で03年前期作品が終わりました。詩集「シンドロームの街から」の最終詩篇が一致していて「綿」であることが分かります。「通廊」からは全て
未公開の03年後期作品集の掲載となります。多作のために、このペースで行くと現代作の公開はphoto poemを除いて、不可能かもしれません・・・・。
9月号
見慣れぬような題の作が続いています。人間存在の特徴といわれている自己家畜化の問題ですが、兎に例えての連作です。この国のことを欧米から「うさぎ小屋」
と評されていたことがありましたが、住宅事情に限ったことではなく精神の問題のようにも感じます。平和を愛するはずの兎にもう戻ることはないのでしょうか・・・・。
10月号
夏のバス旅行に出かけたときの詩篇です。笛吹き川の歌が珍しく挟まれていますが、句や歌はすぐできる手軽さはあるものの、この時期はまだ作っていませんでした。
やはり、同じ文学でも詩を書くときの精神や時間の流れがかなり違うものですね。ときには限られた世界で仕事をするのも良いものですが・・・木曽駒が岳のphotoは既出です。
11月号
「雨の高原」は、谷川岳ゴンドラケーブル駅にて、次の詩篇は千畳敷の景色ですが、回想だったかもしれません・・・。その場で書いたスケッチ風の詩もかなりありますが、書く場所や時間に寄らずに
詩の良し悪しは、他の芸術作品同様に一概には決められないようです・・・・。後半は、本領の?? 想像力の詩になっています。最後に続く青空展覧会の初期詩篇は、割愛しました。
12月号
珍しく、落ち着いた秋の詩が並んでいますが、制作はまだ夏のようです。「星の薬局」は、駅前のビルにあった現実のお店がモデルでしたが、今は無くなって画材屋さんが入っています。
展望の良い静かなエレベータは今も健在です。
2009年 1月号
引き続き、未公開の03年後期作品集の掲載しています。表題の「実り」は、photo poem と重なっていますが、比較的近くでよく出かける丹沢の清流に近い田園風景の地域です。
希少な植物も発見されている都市近郊です。
2月号
珍しく、都心の人体解剖展に出かけたときの作品群です。一篇の中の連作も多くなっています。帰りがけに有楽町のデパートの階段では、濃厚な社内恋愛の場面にも遭遇しました。
人は、精巧な有機体であり、獣のようでもあり、望むらくは、知性を発揮して文化を継承し、他を傷つけぬよう思いやる存在であって欲しいものです・・・・。
3月号
以前、photoなどで紹介した、街の秋祭りの連作です。最近は経済事情も反映して縮小化の傾向で、山車もわずかの時間公園に置かれたままになっています。
代わっていろいろな催し物は開かれていますが、伝統的なものが長続きしないのは残念なことです・・・
4月号
今月も、以前photoなどで紹介した、富士山麓と両親の実家に帰郷したときの作品が並んでいます。
もう何年も前のことですが、読み返すと実感を持って蘇ってくるものがあるのは、文学の記録性の一面でしょうか・・・。
5月号
引き続き、古里のphoto poem が挟まれていますが、最初は「百花園」など夢想詩ですが不思議な現実感覚があります。珍しく現実の
散文詩もかいま見られますが、あまり区別なく、さらさらと書いているのが私の特徴でしょうか・・・・
6月号
私はあまり旅行に出かける方ではありませんが、視聴覚の時代、海外の風景に接して居ながらにして想像できることも多いです。詩人と過去の体験や歴史風俗とは
切っても切れない関係にあるものですが、いわゆる文学の研究や知識と直感し創造する作業とは別問題であることが多いのです。
7月号
連載の詩の季節は冬に入り、03年後期作の公開ももう少しで終わりになります。都会の片隅のまだ緑の残っているところで出かけないほうの私が、
身辺の雑記をヒントに書いている雰囲気ですね。先月号に出てきた同僚は東北の人ですが、駅前通りは私の街の紹介です・・・
8月号
03年後期詩篇の連載が今月で12月分に入り、丁度終わりました。次回からは04年の1月からの作で前期詩編集となります。最近は書くときから電子化を
心がけていますが、以前は半年分をまとめて打ち込む作業がありました。最近公表し始めたオリジナル曲同様、絵を含めてリアルタイム電子記録になりました。創作もスムーズです。
9月号
04年前期詩篇の連載が始りました。1月から6月の半年分になります。
今月はお正月の詩ですが、我が家の様子もかいま見られる詩も散見されます。私は雪国育ちという程ではありませんが、両親や祖母などから日本海側にあった、古き良き、日本の文化の雰囲気を吸収してきました。
10月号
今月は、「火星の月」などの連作が並んでいます。一見地球とは関係なさそうですが、別の次元に場を設定することで相対的に身近な事柄が浮き彫りにされることは良くあることでしょう・・・
地球科学で学んだことは、思いがけずも私の文学や世界観に影響を与えたようすです。
11月号
春先の連作ですが、なかなか雰囲気のある詩篇が並んでいます。手法としては、擬人法や擬物法?といったところですが・・
風景や触感、においなどがある詩は、記憶やイメージの喚起力に優れているといってよいでしょう。
12月号
桜の時期になる詩篇です。丁度、都会の一角で牧歌的なところも残っていた場所の勤務先を離れることが決まった頃でした。
あの有名詩人と一緒に何年か過ごした地でもあり、今振り返ってみると懐かしい感じもします。
2010年 1月号
引き続き、未公開の2004年前期詩篇を掲載しています。表題は、丁度新しい転任先の職場に勤め始めたときからの作になっています。
日常詩篇の中で、珍しく猫の連詩や、現実批判の幻想詩風の作品も見られます。
2月号
木漏れ日の森は、近くに保全されてさがみ野の面影を残している実在の林ですが、時を超え、文学運動にもふれながらの
どこにもない野辺での散策の連詩になっています。
3月号
爪を切るような日常の些細から、幻想をふくらませたような詩編から入っています。自然の情景と女性のイメージも似合いますが、想像力の世界ですね。
「緑の蜻蛉は」一時期通勤に利用していた、中国製の快速電動自転車のことですが、モーターの故障で短命に終わりました。
4月号
高度経済成長期を経て、都心周辺の農家は大きく変貌して土地をなくしてしまった家もあるはずですが、いつまでも土地にしがみついているのはよいことなのか悪いのか・・・
幸い、こんなところにもという街のすぐそばに自然を見ることもできます。「古い泉」は、町田市に保全されている谷戸山の城址跡のそばに現存する「小町井戸」でした。
5月号
ちょうど、詩集「シンドロームの街から」の出版を決意した頃で、出版の諸事情が伺える時期の作品が並んでいます。熱風書房は、実在の書店ですが、出版費用の関係で
朱鳥社を選択しました。自費出版も多く扱っていますが、丁寧な良い本作りをしていただきました。近頃珍しい良心的な会社で皆様にも自信を持ってお勧めできます・・・。
6月号
今月で、2004年6月まで前期の詩篇の公開を終わりました。来月からは順次後期の連載が始まります。今月の詩は、身近な公園や日常の題材から創作していますが、
やはり後半は、夢のような幻想的な内容の風景になっています。
7月号
今月から、2004年度7月からの後期の詩篇の連載です。「詩人装置」まさか私も詩人の世界に首を突っ込むとは思いもかけないことだったのでしたが・・装置は何かの
役に立つものでしたが?! さて。「バス停から」最近政令指定都市になったところの実在の地名が散りばめられています。「・月」私の創案による表記です。宇宙のサイズによっては
点にもならないサイズですが・・「ホノボノ」諷刺が効いていますが、どうもこの国の若者の性行動はボノボ的と考えるのがよいのかもしれませんね。
8月号
ちょうど、今の季節の時期と同じくらいの作品です。今年は、日照不足があったり大雨が降ったりでしたが、さて酷暑はどのくらい続くのでしょうか。熱中症で死者が出るほどの熱さの中での
スポーツなどの活動は控えなければなりませんが、その点での禁止基準もない国は、国民の健康を守っているとも思えませんが。