風間 明 のひとりごと
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2021年
ホームページをはじめて、今年で21年目に入ります。インターネットの大海に流した
私の小瓶、ささやかな詩と絵など、あなたのもとに届いたでしょうか・・・。
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さて、長らく使用してきたホームページサービスも次々と廃止になり、
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1月号
2013年の4月の詩篇を再構成して掲載しました。標題の「具体夢」は水夢と同じく三詩篇の構成です・・
今年も感染症の災禍は続きそうですが、日常の些末と現実は結びつき創作とも関係するものですが、夢の印象から
始まっています。身体や動きの題が多いのも夢の本質でしょうか・・希望やご利益のような夢を言う現実主義者の錯覚
に似て事態の深刻さに気付かない風潮や日常こそが非現実的なのかもしれません。
2月号
'13年5月から7月上旬の作。『成長』・・標題は、地球の生命のようすなのですが・・無のようなところから生まれまた去っていく生物の一員として
私たちは何を「岐路」として選んで生きてきたのでしょうか、 欲望ー興味ー名声・経済の豊かさー希望?
人の生き方も様々なのですが、他の生命、地球環境を省みずに存命することはできないことを思い知る現在なのです・・。
3月号
'13年7月から9月初めまでの作。『箱』・・標題のイメージが一貫して流れているのは夏休みの集成集だったからでしょうか。
私の町の一角だったり、友人の故郷の印象だったりがきっかけになっていますが・・箱庭から田地、年代の地層の変成まで広がります。
虫のような人の生き方でも、言語性を伴うことから、狭い空間に限られて認識されることはできないでしょう。
4月号
'13年9月から11月上旬の作。『龍骨鉄道』・・標題は、私たちを含む脊椎動物と未来都市のようすなのですが・・実際は、実在の自然豊かな里が対応しています。
有史以来の生物の履歴につながっているヒトは、虫や毛玉を吐き続ける動物と無縁な存在ではなく、内感覚を研ぎ澄ますことで外在化した世界を見ることができます。
人の生活の悩みもそこから生まれるので都市の環境に違和を覚えることも多いのです・・。
5月号
'13年11月中頃から年末まで。『深秋』・・標題作から始まる情景は田園風景の様子なのですが、不思議な畑あり気球旅行のような風情です。
ただし、行く先は宇宙の方であり、ラジオゾンデの中の街は奇態な触覚にたとえられる人類の似姿の世界でした・・。
6月号
'14年1月から2月上旬の作。『星の穴』・・標題と同じくの詩題はまるでカラパゴス列島かと思われる国にある不思議の博物館なのです。
有史以来の歴史を持っていた人々も変遷が激しく文化は隣国などからのつづら織り?の柄です。
ふしぎな空気感は曖昧模糊として、生活が煙のようにどこかへ消えていく未来の暗示のようです・・。
7月号
'14年2月中頃から3月までの作。『食卓のサーカス』・・普段の食卓の用意も何かの実験準備の手際が必要なのですが・・
人の文明の初めから、小さな食卓から貧困や苦闘、戦乱の背景が浮かびます。
楽しい風景も少年期の疑問や感覚、香りの記憶のように、生きることを思い起こさせ、無為な言葉の徒労についても考えることの機縁となります。
8月号
'14年4月から6月にかけての作。『街のロ』・・街の口とは河口と海の広がる都市の赤い街なのです。
たくさんの人を飲み込んで排水路のごとくの人造物の塊は病苦に苛まれている現状のようなのですが・・虫と身体感覚の奇態さは
詩にあるとおり、あの変身のザムザのようです・・。
9月号
'14年6月下旬から8月初めまでの作。『遊走子』・・海草や羊歯の胞子のようにその前段にあるはずの夢の卵の印象のようです・・・
深みのある空色も生誕の記憶と関係し、生物界、人間界を縦貫して伝わっていく年代記・地誌もありそうですね。
「おそれみよ」など、長めで直截表現の詩も珍しい方です。人は文学から何を学ぶのか、次の時代に作家は何を託すのかについても考えさせるものがあるでしょう。
10月号
'14年8月から9月初めにかけての作。『夢の原』・・標題作の前は、まるで苦難にあったかのような詩編で始まっていますが、希望や明るさを言う前に現実の悪への予見や直観に目をそらしてはなりません。
病苦や人の悪にあふれている現実に反してなんと現代の夢イメージは楽観しすぎているのでしょうか・・
後半の高原風景は、夏の聖高原への旅行がそのままに記されています。
11月号
'14年9月から12月までの作。『赤サンゴ』・・標題の詩にあるように、家にある船乗りさんの小さな珊瑚の小枝なのですが、詩篇の前半は砂山か泥山の続いている枯れた町のイメージでしょうか。
巨大災害の覚めやらぬ国の有り様と暗い人々の生活の予兆のように、骨の堆積から沈み込み浮上する列島の姿なのかもしれません。
歯医者さんの詩のイメージは、現実には奥歯の難しい歯根治療に専念していたことに対応しています。
12月号
'15年1月から4月までの作。『濃霧』・・人類の進展も地球環境全体に影響を与える世紀になったのですが、動物としての種の存続が今後どうなっていくのかが見えない段階に入っていきます。
言語を中心とした文化による歴史年代では遠く及ばぬ、前人類史について考えるヒントは小さな虫類にも認められそうです・・・!?
2022年
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1月号
2015年の5、6月の詩篇から連載中。標題の「海辺」は、のどかで広い景色を想像しがちですが・・
詩の内容にあるように日本海を挟んで展開する環状にある列島の民族の地誌でしょうか。まるで旧約聖書のようにも
なぞられそうな未知の古代史に関係しそうですが、暗い廃墟と破壊は今世紀の原発事故に象徴されてつながっています。
格差など、階層ありの時代から続いてきた見えない暗黒は、古い国になるほど深刻になるものです。
2月号
'15年6月下旬から9月上旬までの作。標題は『原子炉』・・あの福島の汚染災害のように、街の繁栄を支える下層には見えない汚染源があります。
その町の地縁や歴史とは別なところで、翻弄され消長した民族の歴史のように、為政者のする選択は未来の重要な岐路となって行きます・・・。
3月号
'15年9月下旬から11月上旬までの作。標題は『原子炉塔』・・前回と同様に、時を越えた海辺のイメージが引き続いています。
塔というのはあの事故原発そのものより、下層に広がり重なっているものの象徴でしょうか、望ましくないものを引き継いだ戦後の歴史を直視することが必要になります・・・。
4月号
'15年11月から12月までの作。標題は『歩行』・・戦後新しい国として出発した日本ですが、他国の戦災を見ている今考えることは多いものです。
不断の努力はどうしたのか、一方の軍事ブロックに属したまま、平和を夢想していないでしょうか? 多民族国の理解もなしに、自国文化を理解し維持できていくでしょうか・・・。
5月号
'15年12月末から'16年1月初旬までの連作。標題は『幻想路線』・・幻想線路の詩に関連してでしたが、この詩も連作で、まるで銀河鉄道のようですが
時空を越えても不定のままの歴史を見るタイムトンネルの様子でしょうか!? 半島想定以外は今のウクライナの戦争の予言の意味合いさえ感じられました・・。
6月号
'16年1月下旬までの作。標題は『青空で』・・冬のきれいな青空なのですが、前半は星もきれいな高原のメルヘンのようです。
次第に詩的言語世界と生物との連関・分析のようなものになり、最後の方は現実の冬の私生活でしょうか・・・。
7月号
'16年2月から3月初旬までの作。標題は『青いビル』・・母が死去する一年前でしたが、病院の様子や先の見えなくなった街の情景のようです。前半は夢想の風景なのですが
後半は、転院を迫られたときのことや予感のような母の死後の生活、思い出のような作が並んでいます・・・。
8月号
'16年3月から4月上旬までの作。標題は『ははの墓』・・実際の母の墓は近くにあるのですが、両親の故郷や祖母の葬送の印象が濃厚でしょうか。
故郷から出てきて都会暮らしするのは、今も昔も苦難の連続だったはずでしょう・・・。
9月号
'16年4月上旬から5月初め頃までの作。標題は副題にあった『時間旅行』・・死に向かっていく母の転院で奔走していた頃。地域の中核病院に通院していたのでしたが入院させてもらえず、
最後期の治療法のあるところへ転院し入院する直前でした。「死門」は中核病院で最後にもらった現実の整理番号の話で、忘れられない記憶なのです・・・。
10月号
'16年5月から11月までの作。標題は『陸の魚』・・時間旅行も終末になると、筆者の寡作になった経時的な体験と重なり、順不同になりました。
入院が多くなっていた つかの間の母との生活がよみがえるようなのです。
11月号
'17年5月から8月の作。標題は最初にあった『不来島』・・あまり書かなくなっているのは、母の入・退院と介護の時期と重なります。幾度も入院したのでしたが、
副題の「古大陸」「いぶつ」「かわ」「幻丁」などは、同時に襲われていた身辺不安事の身体感覚の影響なのです。
12月号
'17年8月下旬から10月上旬までの作。標題は『湖尻』・・足しげく通い滞在していた箱根なのでしたが、詩のイメージと実際との不調和は感じ方の問題でしょうか・・・?
2023年
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1月号
2017年の10月の詩篇から連載中。標題の「ガラパゴス」は、しばらく通っていた箱根に掛けたように・・
その地での関連詩が多いのですが、放射能汚染や環境問題の大きくなったこの国のあり方に対する皮肉も含まれていますね。
終戦後は隣国の戦争で好況になり、日本製品の性能の悪さを思い出せない驕慢な日本人が増えていないでしょうか。
2月号
'17年11月から'18年1月下旬までの作。母の葬儀の前後になりました。標題は『カルデラ』・・後半に箱根で集中して書き出した、五十音詩は
詩集『あ〜ん』に集成されました。詩集にない詩篇もかなり認められます。
3月号
'18年1月下旬から2月までの作。標題は『無窮』・・前半は詩集『あ〜ん』の続あいうえお詩篇。
五十音には最後があるのですが、語を使う創造には循環も超えたところで際限がありません・・。
4月号
'18年 3月から4月までの作。標題は『器』・・器といっても生活を支えたり、政治家などの人物から
言葉をつづる人や理解する人の能力のことなどいろいろでしたが、孤独の隙間に入り込んだのは何なのでしょう?
5月号
'18年5月から6月初旬までの作。詩集『しーん』と重なっていますが、こちらは作の月日順に並んでいて、一部のみ編集しました。
家の災難から月も経過して、静かな湖畔や庭の草木たちが創作環境となっています。
6月号
'18年6月から6月中旬までの作。先月号と同様ですが、詩集とは違い、創作順通りに掲載してあります。
7月号
'18年6月中旬から12月までの作。創作月日から『詩集reりーんen』の時期と一部重なっていますがこちらは初公開です。
後半は、ローマ字使用混在の表記や音韻優先の表現など、詩集と同様の試みですが、この詩集の続編としても読解可能でしょうか・・。
8月号
'18年12月末から'19年5月初めまでの作。標題は『アイルランドの耳』、前半はここはどこかと思うほどの
空想的存在でアイルランドとは実在のではなく意識の流れ文学との関連性です。
後半は、身体感覚というよりは想像環境空間という意味付けがあり、身辺の生活環境が題材になっていました。
9月号
'19年5月から12月までの作。次の出版『江ノ島』へ向けて 準備した詩編。現地の写真を撮り数編書いてまとめるつもりだったが・・
コロナ問題継続のため、未だに出版には至っていません。
10月号
'20年 1月から3月までの作。標題は『続江ノ島』、砂浜などの詩編を先月号の計画のように、編入する予定の部分でした。
前半が、鳥取の詩になっているのは、砂の機縁でもありながら、友人の住む地を再訪するつもりが中止せざるを得なくなったことによります。
11月号
'20年 5月から6月までの作。標題は『緑の炎』、幾度も訪れている公園の実在の場所がモデルになっています。
西洋式庭園の奥に、日本庭園の路地や睡蓮の池、文化住宅の小路にはステンレスのベンチなど・・
晴れて平和な風景なのですが、戦乱の翳のある歴史時代を想起しています。
12月号
'20年 6月末から10月初旬までの作。標題は『ラグーン』、南海のきれいな海で生き物観察の雰囲気でしょうか、孤島での文化採集になり
表音から母国語に戻ってくることへの関心の過程が示されているかもしれません。
2024年
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1月号
2020年の10月、11月の詩篇から。標題の「分枝」は、湖畔の生活は箱根から富士山麓に移りましたが・・
森の澄んだ空気と植物、小動物たちから受ける印象は、詩作の転機のきっかけを予感させます。
2月号
'20年 11月下旬から'21年 2月初めまでの作。標題は『つぼ庭』、この詩は両親の他界後の我が家の庭にリアルに重なっていますが、
肉体的な詩題が多いのは、自身の健康問題や生命活動を通しての世界への関心なのでしょう。
3月号
'21年 2月上旬から4月下旬までの作。標題は『生ゆ』、地上の風景にある植物の伸張を見て、動物生命へと転換・例えたならと・・
春をエネルギー連関とした捕らえた試みのようです。コマの詩篇があったり、今は渡航が難しい東洋のヨーロッパ都市の印象もありました。
4月号
'21年 4月下旬から 6月中頃までの作。標題は『緑のしみ』、富士山麓の湖畔も近い森の印象が濃厚でした。
戻ってきた穏やかな生活の中で振り返る戦後の軌跡は、団塊の世代とは違う地勢と歴史観について考えています。
5月号
'21年 6月上旬から7月下旬までの作。残念ながら 続出したパソコントラブル(ソフト不調とハード不良に保存データも破壊され)により・・
連載が中断されました。次のほぼ一年間分の詩篇が消失しました。
今月の標題は『から』、森と都市の対照は 生と死のイメージに重なり、両者をつないでいる宇宙が表現されているでしょうか。
6月号
'22年 5月末から 7月末までの作から連載を再開。標題は『戦火』、後半は湖畔も近い森での詩作です。
最初の「鉄路」は'22,1月の作。壊れかけのディスクから復旧できた連作の一部です。
工場労働の詩で、溶鉱炉と戦場のイメージの重なる人間機械的な印象の詩が続いていました。
7月号
'22年 7月末から10月中頃までの作。標題は『みかん』
甘味などの味わいの感覚は、回想を促しているかのようです・・記憶のない虫・動物も、もしかすると
感情をどこかに隠したまま生きているのかもしれません。
8月号
'22年 10月中から11月初旬までの作。標題は『軍都』
前半はどこかの町の虫・動物の博物誌のような雰囲気ですが、戦争の絶えぬ今の人間に対する感慨もあります。
軍都とは具体的には、米軍施設に移行した相模原から厚木基地一帯の日本軍の計画でしたが、
戦後の今に至るまでの町の様子が時系列の詩篇の並びになっていそうでした。
9月号
'22年 11月初から下旬までの作。標題は『麓』
湖も近い山麓での生活の印象が濃い作です。林道でニホンリスに出会った自然豊かなところでも、詩の背景には都会での
生活があります。後半の連作は、まるで湖上の星雲世界と呼応した、宝石箱を覗き込んで広げたような世界です・・。
10月号
'22年 11月下旬から、'23年1月下旬までの作。標題は『幾何』
ここでの幾何とは、空間や図形の数学ではなく、生体とその連関系、人工的な構造の歴史展開にまで視野を広げた統一則の問いでしょうか。
時間構造と生命進化の道筋の類似にも関係がありそうです。
11月号
'23年1月下旬から、2月中頃までの作。標題は『海辺』。後半は 小さな温泉のある熱海の旅館に出かけた時のものです。
熱海は山と海の境界にあり町にはめったに雪もない所ですが、詩の材は時空を越えて、昆虫記や森と海の関係に広がっています。
12月号
'23年2月中旬から、4月後半までの作。標題は『円望』。先月に続き熱海の印象からの詩篇が多いですが、
春を待つ生命への回帰と温暖な海のイメージとの融合を目指している様子でしょうか。
2025年
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1月号
2023年の4月、5月の詩篇から。標題の「緑の巨人」は、地球の生態系とその上下界の象徴です・・
人を含めた生物の内部にも確実に、その足跡が残されていることを意識すべきでしょう。
2月号
'23年5月中頃の作、標題は『かつて』。遠い日の幼少時の風景や食卓ようすが思い起こされますが、詩人の眼鏡で見た 心象風景のようです。
豊かだった野山と田園、貧しくても畑のものが多かった食卓の現実も大きく変り、今の風景は高原の丘に変ってきました・・。
3月号
'23年5月下旬から、6月中頃までの作。標題は『緑間』。緑の豊かな山麓に過ごしていた印象が濃厚でした。
散策の樹間から遠い昔の我が家の町、台所仕事で、移動中の車や都会でなど、詩のきっかけは様々になります。
4月号
'23年6月中頃から、7月中頃までの作。標題は『日記』 日記といえば、私的な日時の記録から始まるものですが
高原の家などで思うことは、小さな宇宙のカプセルになった履歴のように見えてくる、鬱蒼とした森の人類や世界の詩空間での発展でした。
5月号
'23年7月中頃から、8月初めまでの作。標題は『バチスカーフ』 有名な深海艇の名ですが、舞台は標高1000m台の富士山麓です。
湖水と森の水は、原始からの胎内のイメージですが、私の部屋の創作カプセルの詩は何かを探っていた様子でした・・・。
6月号
'23年8月上旬から、下旬までの作。標題は『 壷 』、古代からある壷のように生活のために糧を蓄え、水のように時間も
流し込んでいた時代の土器も、世界に伝わり広がり出て行った歴史が残されているものです。
7月号
'23年8月下旬から、9月初めまでの作。標題は『 砂時計 』、季節や生の時間、世代も越えて年代は地球規模へと繋がって行きますが
限られた生活時間も絶えず動の状態を通って変転していきます。
8月号
'23年9月上旬から、下旬までの作。標題は『 ふたつ 』、ふたつとないはずの生命も人類も星の年代史も
宇宙史のなかに包まれていくのでしょうが 、ささやかに雪国で生まれた私の生活史も現実に重なっています。
9月号
'23年10月初めから、11月初めまでの作。標題は『 不 』、近代と共に進展していった都市。人々の生活の拠点が重なり、
生産と消費のなかで巨大な歯車に次第に組み込まれ、戦乱を経て民族も消長していきます。
実際の我が家の様子も現れています。「柿」は、近在に捜し求めていた禅寺丸柿を入手したときの体験でした。
10月号
'23年11月上旬から、中旬までの作。標題は『 時計顔 』、ふたつとないはずの人の顔も地球の顔の中にあります。
歴史は叙事詩のように進み、退歩が繰り返されて豊かになるとは限らなかったのでしたが、人々の肉体と消耗が
今もただ中にあります。
11月号
'23年11月中旬から年末までの作。標題は『 はずみ 』、今も寒くなり始めて季節の変化に弾みがつく頃です。
時代や物事のはずみ車も方向を定めかねているとき、政治の施作で人々の扱いを良い向きに正し
社会を好転させるように期待したいものです。
12月号
'24年1月初めから下旬にかけての作。標題は『 月 』、一足早く新年の連作でしたが、東洋の想像旅行のようです。
一文字の詩題も多く、風景の中から街へ、人の生活のイメージを辿って帰ってきています。